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屋根の上で・・・ (亭主と女房57) [建て方始め!]

実は上棟の頃からなのですが、とてもウズウズしていました。

『あの屋根に登りたい』

本当は昔ながらの「上棟式」をやって、御餅を天から降らせていればかなうはずだった夢・・・。(ま、実際はその場合も屋根には登らせて貰えないのかもしれないけど)。

大工たちが東京の現場に手伝いに行って1週間ほど経った頃(更に2週間来なかったけど)。夜中の1時、仕事からの帰り道。
夜空に映るまだガイコツのような我が家を見上げて溜息をつきました。その時
「登ッチャエバ?」と誰かが囁いたんです。

子どもの頃から身は軽い方。黒いガルバリウムの屋根に駆け上がるまでホントにイッキ。カバンとコートは下において来たけれど、スーツ姿で広々とした屋根の上で大の字になって星空を見上げました。1月の冬空が美しかった。薄い雲が月の周りに少しあるだけ、星々がコウコウとまたたいていました。
大工が来なくてやっぱり不安だけど、その空を見上げて、初めてこの日「家を建てて良かった」とちょっぴり思いました。

家に帰ってその感動を妻に伝えると、
「だめでしょ!酔っ払って!」とサンザン叱られました。自分に優しく「登ッチャエバ?」と囁いたのはお酒の神様だったみたいです。

関係者の皆さんゴメンナサイ。大怪我でもしていたらとんでもない所でした。深く反省し、その後は「素面(しらふ)」の時のみといたしました。屋根から見る風景はこんな感じでした。

そして

2月半ば。ようやく大工たちが戻ってきました。大体は棟梁とその弟子二人でしたが、3月以降、その数は徐々に増えていきました。

この頃、一番『スゴイ』と思っていたのは2階廊下上部の大空間。すのこロフトで仕切られるはずの部分はまだ何も遮る物がなく、まるで美術館の天井のようでした。

反対側から見るとこうなります

ちょこっと写ってるのは妻と三女です

うーん。最初は廊下なんか要らないと思ってたのに。ここまで迫力があるものになるとは・・・・。建築家って大胆ですよねぇ。

後、構造部分も相当気にして自分でもチェックしていました。

「これでもか!」と言うほど筋交が入っていました。昭和の名人、故西岡常一棟梁は「筋交なんか要りませんのや。」と言ってますが、それは「古来通り」にとても精巧に施工された場合の話。現在の一般の建築では筋交が多いほうがやっぱり安全度は高いようです。

 

次回に続きます。 m(__)m (鋭意作成中) 
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No.57


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大工を待ちながら (亭主と女房56) [建て方始め!]

家が出来たというのに、未だに建築の本を読んでいます。と言ってもあまり固い本ではありません。今読んでいて面白いのが2冊。一冊は雑誌ですが

イエヒト」これが雑誌です。前にこのブログでも触れたことのあるオープンシステムの会社が出してるようです。だから当然広告の要素もあるんでしょうが、この中の特集で「古い木造校舎を住宅リフォームする」と言う話があってオモシロイです。

廃屋同然となっていた古い学校の校舎に愛着を感じた施主(そこの卒業生って訳じゃないらしい)が、甥っ子の学校の建築学科を巻き込んで自分の家に改造していく顛末(てんまつ)です。「学校に住む」と言う発想と、あまりにボロイその校舎を四苦八苦しながら形にしていく専門家たちの苦労がしのばれて楽しい(不謹慎な言い回しですが、きっと本人達も楽しかったろうと想像してのこと、お許しを)。

この創刊号の表紙には

「賢い建て主になる家づくり講座
「大切なのは賢さです!」

と大きく書いてあります。『俺がバカなのをなんで知ってるんですか?』と思うけれど、この言い方はなかなか挑戦的。

まじめに建築を考えると多少なりとも挑戦的にならざるを得ない?

建築に対する一般的な状況はとても改善されているようにも思います。やっと日本でも比較的新しい建物(明治以降の)に対する修理・保存の声が上がるようになり、有名建築家の『作品』が市民の間でも高い評価を得るようにもなってきました。日本人がはじめて「デザイン性やサービス」と言う無形の物に当然のようにお金を払う時代になってきた。

けれど、年中無休で換気扇を回し続けることを義務付ける法律が施工されたり、住む人のことを考えない「耐震偽装」が横行したりと方向性を見誤った動きも増えています。なにより自分がそうだったように住宅を『商品』としてしか見ない『消費者』の多さが業界の素行の悪さを助長しているとも思えます。

もう一つの本は極端な施主の話。どちらかと言うとこの人の場合は行動が極端と言うよりその地位が極端です。

エコハウス私論―建てて住む。サスティナブルに暮らす家

エコハウス私論―建てて住む。サスティナブルに暮らす家

  • 作者: 小林 光
  • 出版社/メーカー: 木楽舎
  • 発売日: 2007/04
  • メディア: 単行本

著者は環境省のお役人で温暖化防止・二酸化炭素削減のための「京都議定書」を作った裏方です。その人が老親と暮らすための家を建てるにあたり「今まで人に言ってきたことを今こそ実践しなくては」と奮闘する話です。

でも、環境省の高官といえども家を作るときのゴタゴタは普通の民間人(私とか)と変わらない。多少役人臭く、くどいところもあるけれどなかなかの好著です(エラソーでスイマセン)。

でもやはりこの本の中で考えさせられるのは「エコ」です。住宅を新しく建てるのは確かに『悪』なんですけど(一旦は認めましょう)、この著者の見解

「エコハウスとはよい家のことであって、実は身近なものである」 

堅牢(けんろう)な家を作れば永年使え、断熱性を高めれば環境負荷が減る、などと言う話は心強く思います。ちゃんと作れば「悪だった新築」が「地球に優しい古民家」に変わっていくと考えたい。


で、我が家の話の戻ります。

前回書きましたように、 昨年(06年)の12月中旬に上棟式を行って年内ギリギリまで工事は続きました。と言っても昔ながらの在来工法。あっという間には出来上がりません。屋根が完全に葺(ふ)きあがったのは1月も10日過ぎ。屋根が出来上がるだけで1ヶ月近く掛かった勘定になります。

☆屋根物語

 

 

 

 

このガルバリウム鋼板、近頃ハヤリの建材でよく見かけるんだけど、実は平らなトタン板みたいな感じ、そんなこと言うときっと建築家が怒りますが。うちはこれを黒にしました。軽くて丈夫。欠点は雨が降った時にうるさい(やっぱりトタン?)ことと、熱を通しやすいところ、だそうです。

 

屋根が葺き上がった頃、現場監督のNが言いました。

「東京でやってる現場が押してまして、実はこれから数日大工が来れなくなるんですが」
「工期的には大丈夫なんですか?」
「それは大丈夫なんですが・・」
「それなら仕方ないですね。うちの上棟の時にはたくさん大工さんを貸してもらったし、今度は返す番かな?」

と気楽にOKしたものの実はそれから3週間、ほとんど職人が一人も来なくなりました・・・

やきもきするも、OKした手前『あれはなかったことに』とも言い辛い。ひたすら大工を待つ羽目に。
当時ご近所では『あのお宅、全然工事してないけど、なんかあったのよ、きっと』と大変楽しい井戸端会議のネタになってたそうです。

「おーい。大工やーい」


次回に「禁断の・・・」に続きます。 m(__)m (鋭意作成中) 
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No.56


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上棟! (亭主と女房55) [建て方始め!]

基礎の職人さんたちも明るかったです。この人達は最初の基礎と最後の外構で来てくれました。何時までも見飽きずに眺めているひつこい施主に根負けしたのか、色んなことを喋ってくれました。
 
「こんなに細かく配筋するんですね。」
「ああ。ここまでする必要ないってくらいに配筋してるよ。昔はこんなに鉄筋入れなかったんだけど、どんどん頑丈に作るようになってるんだよ」
自分と職人さんの会話を聞いていた親方が
「周りの家が全部倒れても、ここだけ建ってるからね」
「え?」
親方は笑って言ったけど、『ここだけ建ってる』って言われても・・・どうなんだ?
 
家が完成した後、極端に判ったことがあります。家の前を大型のブルドーザーなどの重機が通ってもほとんど揺れなくなったことです。多分、これは地盤改良工事としっかりした基礎工事のおかげだと思ってます。
建て替え前の家では何かの重機が前を通る度に『地震?』と思ってしまっていました。特に朝の7時頃(大体起きる直前です)に
「あ、揺れてる?」と何度飛び起きたことか。それもこれもみんなウチの地盤が弱かったせいだったと家を建て直して始めて判りました。地盤の大事さをこれほど極端に体感できるとは・・・。
 
そして12月13日。家の解体が始まってから1ヵ月半。遂に上棟の日が来ました。
今日は徹底的に見るつもりで1ヶ月前から計画を立てて会社は休み。
 
しかし、やっぱり雨の予報(いい加減慣れてきちゃった)。
 
うちの場合相当に部材が多いらしく「一挙に土台から屋根まで」 と言うわけには行きませんでした。基礎の上に載せる木材(土台です)は上棟前数日前から施工し始めました。樹種はベイヒバ。湿気、シロアリにとても強い木ですが、これはアメリカ産。
本当は「森林保護」のために『全木材を国産にするべきなのだ!』 と思っていましたが、予算の壁で、こうなりました。
こういう所でもやっぱり後悔の念が残ります。
 
 
そうして、足場です。かしの木工務店は実は見積もりの時にこの「足場」が以上に安かったんです。大工の人命無視で安いのかな?と思っていたら(嘘です)そう言うわけではないらしく足場を常に相当数所有しているからなんだそうです。、通常は現場、現場で買うかリースするはずのものですが、工務店の敷地が広いから成せる業。田舎も悪くない(工務店もウチもね)。
 
 
 
 
 
 全て順調に行きました。と、言いたいところですが実はいくつか「刻み間違い」がありました。ウチの棟梁は工務店の中でも一番若い棟梁の一人。手伝いに来ている大工は殆ど先輩です。
一度はどうしても組みあがらずに全員で手を休め作戦会議、なんてこともありました。
ハラハラしないと言っては嘘になりますが、さすがにここまで来たら施主なんてまな板の鯉。でんと構えているしかありませんでした。施主がいるとやりにくいかなと思って気を使って座を外したりもしたけど。
それでも次第にその木の構造物は組みあがり、どんどんどっしりとした形、重みになって行く。
 
「ああ、スゴイなぁ」 と、朝からずっと見続けた自分。はるか高くなった屋根らしき部分を見上げながら何度もつぶやきました。
 
面白かったのは巨大クレーンを運転していた相当なベテラン運転手。言うことが的確。雨、風の中でピタリと必要な材を職人たちの手元に運ぶ技量は相当な物。この人がもたもたしている若い見習いの大工たちを怒鳴り飛ばしていました。
『ああ、こんなオヤジになら怒鳴られても納得が行くなぁ』と感心仕切りでした。
 
で、やっぱり雨。午後に降り始めました。
 
 
朝7時から始めて出来上がったのは夜8時頃。
ようやく1階の天井に養生シートをかけての宴会を始めました。少し寒かった。
大工さんたち、かしの木の役員と監督、そしてわれらが建築家。
家族も全員、と言いたいところですが、長女が欠席しました。「お腹が痛い」と言い出して。
『あんのヤロー(野郎じゃないけど)』
 
雨の中だけれど、寒い中だけれど、思春期の長女はバックレタけれど。
とても嬉しかったです。やっとお我が家の『ガイコツ』が出来たんだから。
 
 
出前の寿司、オードブル、そして妻の故郷の味「芋煮」は手作り
それから地鎮祭の時にも使った清酒「住吉」。実は山形の醸造元は自分の会社の先輩の本家、自分も行った事があります。女房もやっぱり山形出身。自分は子どもの頃大阪の「住吉」に住んでいた・・・ そして何よりその名前があまりに「上棟式」にぴったりだったので『縁』を勝手にこじつけて用意しました。美味しかった。
 
棟梁の「刻(きざ)み違い」 は今でも家のある場所に隠れています。それも「上棟」の思い出かな。
 
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No.55


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施主だって確認したい (亭主と女房54) [建て方始め!]

前回、基礎の写真をお見せしましたが、実はこの時一番施主としては気を張っていました。基礎と構造が何よりも建築=構造物の要(かなめ)だと思っていたからです。
 
世に言われる「手抜き」「欠陥住宅」も多くはこの部分に集中しているそうです。で、自分でもできるだけ確認がしたかったのです。
 
「素人には建築のチェックなんて無理」だとは思っていませんでした。調べると、検査の仕方はネットでもたくさん紹介されていました(日経ネットの記事「欠陥住宅&トラブル対処のイロハ」等)。
 
もちろん、完全なチェックは難しいのでしょう。コンクリートの品質など一見しただけでは判らない物もありますから。でも、建築現場のいい所は「ほとんどの物が眼に見えている」ことじゃないでしょうか?基礎の幅や鉄筋の間隔、金具の取り付け位置などは教えてもらえれば誰でも確認できそうです。そうして、その「造る時は見えていて、出来上がると見えない、見えにくくなる所」が一番大事な部分だと思えば、「施主だって確認したい」訳です。
 
自分は元々書籍派なので神田の三省堂でそのための本を購入しました。
 

自分で確認できると言う意味では「工場で作られたものより安心」かも知れません。工場で作られるものが実はとても怖い・・・と言うのもイヤだけど。

毎朝、メジャーを持って基礎の現場へ行き、それぞれのチェック点を確認するのはチョット後ろめたい気もしました。職人さんを信用していないみたいで。けれど「頭から信用している」と言うのはもはや通らない、と覚悟してやりました。ここら辺の気持ちの葛藤(かっとう)はちょっと「職人好き」の自分としては複雑でした。

けれど、毎朝確認するたびにチェック項目が「通常」より大幅に「良好」「確実」なのを見て、ほっとし、信頼感も日増しに高まっていったのです。

 

 
コンクリートの基礎が出来、その上に木の土台を載せるといよいよ上棟(建前)です。一日で一気に屋根の形まで作ってしまうまさに「住宅建築の見せ場」。やっぱり、その日も前日から予報は雨・・・
 
 
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No.54


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発掘調査 (亭主と女房53) [建て方始め!]

先週の日曜日、このブログで声をかけていただいた東玉川の家設計・松井鉄美)へお邪魔してきました。
 
妻と三女も行くはずが、二人とも前日から咳き込み、娘の方は少し熱。悔しがる二人を置いて出かけました。東急の駅でぱらつく雨の中(ホントに勘所、雨です)、建築家と合流。
 
「大テーブルの家」 建築家のHPにもありますが、2メートル四方はあろうかと思われる正方形ダイニングテーブル。天板には囲炉裏まで切ってある!
 
天井には松の構造材が大胆に見え、キッチンダイニングリビングが一体となった2階の大空間。珪藻土の壁、松の床。広々と見えるウッドデッキ。ああ、「木の家は快楽」。
 
真四角のテーブルはとても不思議でした。長いテーブルとは違い、誰からも等距離。卓袱台(ちゃぶだい)のように落ち着く、やっぱり本物の囲炉裏の記憶がDNAに残ってるからかな? 中華の丸テーブルが「全員の方向に向いているようで、実はどこにも向いていない」のと正反対の感じ。
 
そこで奥様と、建築家の手料理をいただき、ワインと焼酎と・・・ 食事もやっぱり快楽。
 
 
我が家の話に戻りましょう。
住宅プロデュース会社のOZONEに相談してすぐ、地盤調査をしました。調べると我が家の敷地は「盛り土」でした。これは弱い地盤ですが、地盤が弱いことよりも「盛り土」であることに驚きました。
 
ここら一帯は40年以上前の分譲地ですが、うちの敷地は「野馬追い土手」の跡の土地だったのです。
「野馬追い土手」? はい。平将門(たいらのまさかど 平安時代に朝廷に反乱を起こした人です)の時代からからあると言う馬の放牧用の土手なんです。
 
1000年以上前の盛り土? 真相は判りませんが、『発掘調査』をすることになってしまいました。
 
「土器でも出て来たら建築中止ですか?」と建築家に聞くと
「そうなります。いや、もっとひどい場合もあります」
「え?どんなことですか?」
「発掘費用が地主に請求されることもあります。」
「そんな無茶な!」
 
パートのおばさん?と思われるような女性が数人来て、園芸用のスコップでちょいちょいと堀りかえしていきましたが何も出ませんでした(あんな方法で判るのか?)。
『ほっ』とする反面、一瞬『徳川埋蔵金』の話も思い出しました(時代が違うけど)。
 
弱い地盤は強くしなくちゃいけません。アースコラムと言うコンクリの柱を60本以上も注入、安い方法らしいですがやっぱり100万円超。建築は「普通の金銭感覚」を奪います。(アースコラムの写真は「仮住まいの秘密(亭主と女房50)」をご覧ください)
 
そして本格的な基礎作りが始まります。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
基礎が徐々に出来上がる頃、沈んでいた親父に変化が現われました。
 
親父も毎日作業を見に行っていたのですが、その時に近所の人に声をかけられたそうです
 
「立派な基礎ですねぇ。ビルでも建てられるんですか?」
 
ありがとう、近所の人。おかげでいきなり親父の機嫌は改善。その極端なこと、単純なこと。ま、不機嫌でお袋に当たられるよりはよっぽど良いけれど・・・ (お袋も反撃しますが)
 
 
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一つ前解体一部始終」へに戻ります

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No.53


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解体一部始終 (亭主と女房52) [建て方始め!]

解体が終わり、地鎮祭も終わると本格的な工事が始まりました。
秋も深まって冬寸前に我が家の土木開始となるんですが、隣家の方が我が家の工事一部始終を隣家の2階から写真で撮っていてくれてそれを記念に頂きましたのでご紹介します。まずは解体→地鎮祭まで・・・
 
  最初に玄関から突入。ここまで行くのに解体業者は『分別』に1週間近くかけていました、エライ!
 
 そして、風呂場に侵入。ああ・・。よく見ると2階の壁から断熱材がはみ出ています。寒い家だから断熱材が入っていないんじゃないかと疑っていました。
 
  廃材を掻き出して搬出。ここら辺から職人さんの仕事が面白くなってきます。手際のいい人わるい人。差配をしていたのはごつい体つきで物腰の低い黒人のリーダー。妻は勝手に「ブライトくん」と呼んでいました。
 
 解体終了です。ここら辺で「ああもう、あの古い家はないんだなぁ」と言うあきらめともなんともつかない気持ちになりました。
 
 整地。ほんとに家の建っていた後っていうのは『ガラン』とした感じでしたねぇ・・・
 
 前回書いたように、これが「嵐の地鎮祭」となった会場(テント)です。周りに見える白いリボンのような紐が「地縄張り」です。
 
そして土木が始まるのですが、土木が始まってから親父の落胆に急激に変化が現れます。
 
 
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一つ前嵐の地鎮祭」へに戻ります

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No.52


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嵐の地鎮祭 (亭主と女房51) [建て方始め!]

旧屋が取り壊されて、そこはがらんとした空き地になりました。親父とお袋が43年前に買い、最初の建売があまりにおそまつだったため31年前に建替えたその家は綺麗さっぱりなくなってしまいました。
 
親父とお袋、特に親父の落胆振りは見ていてもはっきり判りました。
 
ああ、それからこの家を建て直す最初のきっかけになった旧屋2階のベランダ(第2回「亭主「建築」にソーグーす」をご参照ください)。これは取り壊されるまでの6年間、立派に役立ってくれました。『3年ももたない仕事をするような大工に負けてたまるか』と思ってやった最初の日曜大工トーサンの仕事、チョット壊すのがもったいなかったですけれども・・・
 
 
 最初の日曜大工。「2階のベランダ」チョット汚れてますが、6年間丈夫でした 
 
植え替え途中の畑のような状態の『我が家跡地』に、やがてテントが建てられ、地鎮祭の準備が進められました。
地鎮祭や建前(たてまえ、上棟式とも)、と言った「儀式」はやらない人も多いようですが、自分は『節目』と言う物を大事にしたいと思い、やるつもりでした。多少お金の掛かることだけれども、自分たちの家の工事に関わってくれる人達に「よろしくお願いします」と言う意味でも『儀式』という決まった形があるのが逆にありがたいことだ、と思っていました(こう書くと原始人の話みたい)。
 
11月初旬。 予報は雨。
 
当日、「ま、小雨くらいはしょうがないよね」 と妻と話しながら現場に向かいました。
現場に行くともう既にかしの木建設の人達が祭壇をこしらえたり、儀式に使うための砂山を造ったりしています。
 
とても驚いたことがあります。地鎮祭に関したことではなく、これから建てられる家の形状に沿って張られた「地縄張り・ヂナワバリ」と言う、陣地取りのような縄のことです。
 
ドリームハウス』なんかのテレビの『住宅建築番組』を見ると地鎮祭の時に施主がその地縄張りを見て、 
「え?こんなに狭いの?」「コンなんでちゃんと建つんですか?」と建築家に聞き
「大丈夫です。地鎮祭の時が一番小さく見えるんですよ」と建築家が応えるというのを何度も見てきました。
 
 だから当然そのつもりでいたんですが、
 
「で、でかくねぇーか?」
「こんなに大きかったの?」
 
 
  これは地鎮祭後、地面の水平を出すための木枠(遣り方ヤリカタ)を張った所です。
 白線が家の形。一番向こうの方まで描いてあります。デカイです。
 
建築家・松井鉄美(金太郎さんの故郷、足柄山のふもとからわざわざやってきました)に聞くと
「うーん。デカイですねぇ。地縄張りでこんなにでかいのは珍しいなぁ」
と他人事のような感想。『って、アンタが造ったんじゃん』と思わず突っ込みたくなった。
 
考えてみるとこのスケール感の勘違いは設計開始当初からありました。
 
「この玄関狭くないですか?」「狭くないです」
「この押入れ小さくて布団が入らないんじゃないですか?」「入ります」
 
と言った問答をずっと建築家と続けてきました。
「全体がデッカカッタんだ」と言うことがこの時初めて判りました。うれしいよりも怖くなった。
『こんなにでっかい家に住んでいいの?』
 
でも山形生まれの妻は言いました 「田舎の家よりは小さいってことで」
 
いいのか?それで?
 
地鎮祭が始まると同時に、いきなり雨が本降りに。本当に「これが12月の雨か?」と思うくらいの土砂降り。
 
そして、神主の祝詞(のりと)が最高潮に達した瞬間。
 
「ドドーン」
 
凄まじい稲光と共に、とどろき渡る雷鳴(これ、本当の話です。かしの木建設の役員が証人です)。
 
「落ちた?」「今、落ちたよね?」と家族7人で囁き返す。ああ、「分不相応・ブンフソウオウ(これもほとんど死語ですが)」な家を建てることを神様が怒ってるんだ・・・
 
決まり通りの儀式、砂山に鍬(くわ)を入れて「えいっ、えいっ」て叫んだりすることを終わっても雨は止みませんでした。
終わってからかしの木建設役員のKと現場監督のN、建築家、自分の4人で飲みに行きました。
 
ほっとしたけど、とても疲れていました。オイラのおうちはちゃんと建つんだろうか?
 
「いやぁ、僕は晴れ男なんだけどなぁ」と建築家。自分もここぞと言う時は大概晴れの晴れ男。
 
そこで現場監督のN
「実は今年に入って、自分、5回目の地鎮祭なんですけど。3回雨でした。」
『えっ?』
「自分が行くとたいてい雨です」
「ほ、ホントですか?」
 
後日、上棟式も雨。と言うか、本当に彼が検査に来る日は7割の確率で降ってました。すごいのは「彼が来ている時間帯だけ雨」と言うことを何度も経験しました。いや、偶然と言えば偶然だろうけど、ここまで来ると『雨男』の称号が確かにふさわしい。
 
現場の男らしく、無骨で無口な監督は 「ま、雨降って地固まるということで」 と、にっと笑って言いました。
 
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一つ前仮住まいの秘密」へに戻ります

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No.51


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仮住まいの秘密 (亭主と女房50) [建て方始め!]

家が取り壊されるのに1週間掛かりました。
 
親父とお袋にとってはそれは長い1週間でした。
 
仮住まいは元の家から200メートルチョットしか離れておらず、毎日解体の様子を見ることができました。もちろん廃材を細かく分別していく解体業者には本当に頭が下がるのだけれど、自分達の精魂傾けた家屋がじりじりと生皮を剥がされるように壊されて行くのを間近で見なければならなかった両親にとっては辛い物でした。
 
特に親父は杖をついて毎日見学に行き、溜息と共に帰ってくるようになりました。
 
親父は大正11年生まれ。社会人になってから徴兵を受け、急造の士官となって当時の朝鮮・満州に渡り、敗戦後は高度経済成長と共にそれこそ馬車馬のように働いていました。
昔の多くの男たちと同じく、家父長制を信じ、話し合うことより命令することを好み、ひどく短気。
 
若くして死んだ兄も自分も昔からこの親父とよくぶつかりました。わがままな故に喜怒哀楽がそのまま言動に出る人である父は、家の解体、そして更地となった敷地にはっきりと肩を落としていました。
 
 更地になった敷地に地盤改良のアースコラムを埋設したところ(見えないけど60本以上入ってます) 
 
けれど、もっと心配しなければならないことが起こりました。
 
引越しと同時に移り住んだ仮住まい。これが『4LDKの一戸建てで8万円だ』と言うことは前回書きました。我が家は千葉県ですが東京23区の隣町。いくらなんでもこの金額は安すぎる。相場だと12万円ほどだと言うから3分の2の値段。
 
不動産に掘り出し物はない」と言うそうですが、全くその通り。この借家が安いのにも理由がありました。
急に仮住まいを探さなければならかった時、妻が子供つながりで知っていた人の紹介で見たのがこの家。他にも不動産屋から聞いた出物はいくつかあったのですが、とにかくこの家は元の家に近い!
 
毎日、建築現場を見たい自分にとってこれは必須条件でした。家賃は予算を相場程度には見込んでいたのでもう少し高くても良かったけれど、決め手は一にも二にもその近さにありました。ただし、最初に紹介されて見に来て、家に入った瞬間に気付いたことは・・・
 
「この家、傾いてる?」
 
よく、テレビで「欠陥住宅」の特集を見ると専門家が色とりどりのビー玉をもって調査するのを見ます。が、その家はビー玉が要らなかった。立っているだけで判る。一番ひどいのは東奥の台所。ゴルフボールでも余裕で転がるほど西に向かって落ちている。そしてその傾きのせいで家中にヒビ。
 
 
  風呂場のでっかいヒビと補修跡 こんなヒビが家中に・・・
 
 「元の家に近い」「家賃が安い」「探す時間がない」 と 「家が傾いてる」を較べ、特に『時間』のこともあってこの家に決定してしまいました。しかし、借りた後に家中をよく見るとなんと、家の基礎のコンクリートにもヒビが・・・。
 
この家の裏、東側は崖になっており、そこには雨水が突発的に河川に流れ込まないようにするための貯水池があります。そこに向かって家は傾いているらしい。後日、豪雨の時に見ていると、轟音と共に一気に雨水が流れ込み、30分ほどで小学校のプールを一回り小さくしたようなその池に半分まで水が溜まってしまった。
 
「これ、溢れたらどうなるの?」
 
家中が不安にさいなまれながら、すんでのところで雨は止みました。『台風の時はどうなってるんだろう?』
 
 
  裏の貯水場。ここに雨が降ると・・・
あっという間に沈んでいく・・・。ここに向かって家全体が傾いています。 
 
8万円でも高いかもしれないと気付いた時には遅かった。小さな地震で、すこしでも揺れるたびに家族全員で西側玄関に向かってダッシュすることになりました。
 
本気で別の借家を考えた時、片付かない荷物に囲まれ、それに数倍する荷物を運送会社に預けた状態の中で、妻は言いました
 
「もう一回多く引越しするなんて、ゼーッタイ、イヤ!」

ですよね・・・

もう一つ、この家には問題がありました。実はここは隣の市。子どもたちは学区外。住民税も隣町。これについては

「ま、半年だけゴメンなさいってことで」と妻と意見はまとまりました。

 
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一つ前引越し そして 解体」へに戻ります

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引越し そして 解体 (亭主と女房49) [建て方始め!]

引越しは嵐のようでした。
 
本番の引越しの数日前から2名の社員(義兄の運送会社の人たち)が応援に来てくれて荷造りの手伝いをしてくれました。いやいや、その4週間前から家人一同用意は進めていたんですが・・・、荷物は全然片付いていませんでした。家族全員がドン臭かった、わけではないです。荷物が、スゴカッタ。
 
10月28日、引越し当日。朝9時頃から3台の大型トラックと10名の作業員が我が家に横付け、梱包するは持ち上げるは、運ぶは詰めるは、を夜の7時まで。昼頃には姉の旦那(運送会社の社長)も加勢に来てくれました。
 
たった200メートルほどの仮住まいまでの長い長い引越し。
 
そして、仮住まいに入り切らずに運送会社に預かってもらった荷物は切り良く100箱!!!
 
4LDK月8万円なりの仮住まい(我が家は千葉県ですが東京近郊。いくらなんでもこれは安すぎるんです。その訳はまた回を改めて・・・)そこから溢れださんとするほどの荷物を前に、家人一同ボーゼン。
 
ここまでてんやわんやだと自分のやってることを冷静に判断なんか出来ません。ただ、初めて「家なんか建て直してよかったのかなぁ?」と、最初に弱気になった一瞬でした。
 
頑張ってくれている運送会社の作業員の人達のために弁当を買ってきたり、運び込まれた物を取りあえず選り分けたり、
そして気付けばがらんどうになった、古き我が家。
 
 
からっぽになった旧屋
 
何にも失くなった家はとても寂しくて、空ろなものでした。家を造る高揚感とは本当に反対方向。泣きはしなかったけれど、胸にはやっぱり迫るものがありました。
 
だーけーど。子どもたちはそれぞれ5歳幼くなったみたいに大はしゃぎ。旧屋では荷物に隠れ、見たこともなかった屋内扉を見つけ「秘密のドアだー」。
とたんに広くなった室内で追いかけっこをしたり。なぜだかカードゲームの『UNO』を始めたり。
普段は口の重い思春期の長女(外では明るいのがシャクに触ります)まで妹たちと駆け回ってました。
 
ちなみに、運送会社の人には「捨てるゴミだけで普通の家の荷物、一軒分ですね」と言われた。
その中に「鑑定団」に出せるようなものは何もなし・・・
 
(この文章を横で見ていた妻が「あの時はホント『2度と引越しなんかしたくない」と思ったよね」と
言いました。 明日、実はその2度目の引越しなんですが)
 
それから解体、なんですが、これは驚きました。ドカーン、バカーンと一気に行く物かと思ったら違いました。実に細かく分別して運び出す。実際の取り壊しまでに1週間近く掛けるんです。
そのリーダー格(経営者ではないらしい)の人は黒人。日本語ベラベラで仕事はテキパキ。そのキビキビが半端じゃない。
 
「日本人は世界一勤勉だ」と子どもの頃教えられたけど、それが嘘だったのか、世界が変わったか。
恐らく、「腕の良い職人は国境を越える」ってことなんだろうなぁ。
 
 
取り壊されるのを待つばかりです
 
解体の日。テレビ番組のようにガーンと壊すところは仕事で見れませんでした。(妻の話だとテレビのようじゃなかったそうです)。仕事帰りに通りかかると3分の1が壊れていました。
 
思わず立ち止まって眺めていました。
「寒い家だと思っていたから、断熱材が入っていないのじゃないかと思っていたけれど、ちゃんと入ってたんだなぁ」なんてことも思っていたけれど、
 
やっぱり、家は『思い出を閉じ込める装置』でした。
 
ここに越して来た中学3年の時のこと
 
若くして病で死んだ兄のこと
 
妻を迎えた日のこと
 
初めて生まれた長女のこと
 
地球に悪くても、自分にも家族にも思い出深くても、自分はこの家を壊してしまった。
『必要だから』と言う言葉で正当化できない。
 
『俺は悪いやつだ』
 
 
次回「仮住まいの秘密」に続きます。 m(__)m  

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工務店決定 (亭主と女房48) [工務店選定]

何度も見学会に通い、構造を観て、完成家屋を見て、「職人技」「木の力」に魅せられたM工務店。
 
しかし、出会いと同じく、別れも突然に。原因はお金の問題でしたが、お金じゃない。それは「熱意」と言うか・・・。いや、もっと言うと『縁』の問題だったような気がします。縁がなかったのだ、と。
 
書けば書くほど男と女の話になっちゃうなぁ。でも、やはり「建築恋愛に似ている」です。
 
別れた女(もうどっちでも良いです) のことを考えていてもしょうがない。『時間がないんだ青春は』。と、言うわけで住宅プロデュース会社、OZONEから貰った資料で「木のテイスト」「職人技」を活かせる工務店を探しました。
 
それはお盆過ぎのまだまだ暑い盛り。「ここで、腐ってる暇はないんだ!」と思いながら。
選んだのは3社。T社とS社、そして『童話みたいな名前だなぁ』と思った「かしの木建設」でした。
 
3社に相見積もりを打診すると全社「見積りOK」とのこと。相見積もりが提出されるのは10月上旬。その間も細かい手直しを建築家の松井鉄美と共に続けました。
 
T社の出してきた見積もりは予想より800万円高く、S社とかしの木工務店の見積もりはほぼ予想通りで同額。自分と女房は「職人技のある工務店で」とは思っていたけれど、両社とも「木に強い」を標榜している。見積り金額の違いは2万円。
 
建築家と打ち合わせの席、ぶっちゃけ聞いてみました。
「3社とも一緒に仕事をしたことがないんで判んないだんけど。でも、長年の勘で言うと『かしの木』は悪くないと思いますよ。」
 
変な名前だと思っていた(かしの木建設の皆さんゴメンナサイ)工務店の名前が一番に挙がってきた。そう言われてもう一度資料を見ると、確かに悪くないような気がしていた。どっしりした重厚感、木の感触、うーん。
 
本当ならばこの時、両社の作った住宅を見学させてもらうべきでしょう。それで決めるのが一番正しいと思います。
しかし、これ以上時間を掛けると『来年5月に竣工』と言う日程が無理になりかけていました。
 
「松井さんの勘を信じます『かしの木建設』で行きましょう。」
 
10月の半ばに工務店の決定をOZONEに伝えると話は一気に進みました。契約が10月21日。家屋取り壊し開始は10月30日。なんと28日には引っ越さなきゃならない!
 
引越しは覚悟していたので10月に入った段階で準備は始めていましたが、我が家は7人家族。そしてこの中には『もったいないの権化(ごんげ)』である77歳のお袋がいる。
 
姉貴の旦那が運送会社を経営しているので引越し会社は決まっていました。『身内だから』と言うのでやってもらったわけだけれど、この義理の兄貴が根っからの江戸っ子。全面的に協力してくれて、お袋の荷物を初め、家中の有象無象を片付けるのに1週間も会社の人を貼り付けてくれました(1ヶ月掛かっても家人の力だけでは全然まとまっていませんでした)、甘えすぎで申し訳ない。
 
契約の後の日曜日。建築家に連れられ、妻と三女を伴って『かしの木建設』見学。
 
千葉市のモノレールに乗って三女はほとんど遠足気分。自分と妻は家の中のあまりの「物のあふれ方」に参っていました。少し口ゲンカもしたような・・・
 
しかし、「かしの木」に着いて驚いた。広い広い敷地に「木」また「木」。建築家共々口をあんぐり開けて「材木屋さん、ですか?」
 
「会長の趣味です。いい木があるとすぐに買っちゃうんですよ。三軒くらいならここにある木だけで建てられますよ」と役員のK。
現場監督になるNと棟梁を務めてくれるS(監督、棟梁ともども貴族のようなやんごとない苗字でした)が案内してくれました。
 
けやき、ヒノキ、杉、松、およそ聞いたこともないような樹種までホントに様々。
 
「これだけ取り置いていてくれると、木の方もだいぶ乾くはずだなぁ。うーん、『かしの木建設』は、これは当たりかもしんないですよ」
建築家は言った。
 
 
と言うのは、もう7ヶ月前の話です。現在の日程では一昨日引渡しがありました。「完成した」と言うことです。本当にほっとしました。引渡しの後に建築家と軽く一杯飲んで、またまた色んな話をしました。その内容もまた書かさせていただきたいと思っています。
 
 
慣らし運転のため暑い日に着火。はっしこの半袖の人は妻です
 
 
 
次回「引越し そして 解体」に続きます。 m(__)m (鋭意作成中)  

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